Kyoto City University of Arts

Advanced Design Studies

PoolRiver

プールリバー


#29

木内俊克

環境を資材化することについて

//開催日時:

2022/6/7(火)

13:00-14:30

//開催場所:

https://meet.google.com/bah-xdkz-pdk

@kcua.ac.jpアカウントを持つ人ならば誰でも聴講可

//ゲスト講師:

1978年生まれ。京都工芸繊維大学 未来デザイン・工学機構 特任准教授。株式会社砂木共同代表。
東京大学建築学専攻修了後、DillerScofidio+Renfro (2005–2007,New York)を経て、R&Sie(n)(2007–2011,Paris)ではアソシエイトパートナーを務める。帰国後は、東京大学建築学専攻(2011-2020)他での建築・都市における情報学的領域の教育研究活動を経て現職。一方で、インスタレーション・舞台美術・建築からパブリックスペースにまでわたる領域横断的なデザインの実践に携わる。瀬戸内芸術祭2022出展「小豆島ハウス」プロジェクトが進行中。第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館展示参加。主な編書に『建築情報学へ』(編集、millegraph)。


//以下、ご登壇いただく 木内俊克さんに関連するテキストの引用です。
//聴講する学生さんは事前に読んで予習をお願いいたします。

「Search, don't sort.」、つまり整理するのではなく、とにかくデータを全部突っ込んで、そこに接続できる状態があれば構わない、そのなかを検索するのだというGoogle的な創作態度
第3回:感性の計算──世界を計算的に眺める眼差し|テンプラスワン・ウェブサイト
膨大に広がるネットワークの中で個人が取り組める範囲の有限性に直面しながら、その中に個別でもよいからなるべく具体的で、シンプルな実践のガイドラインを見つけること。
ネットワークへ <木内俊克氏>|Archi Future Web
初期的な「計画」のみにとどまるのではなく、いかに「運用」していくかの知見や手続きを広く共有すること、さらに言えば「計画」と「運用」を切り離してしまうのではなく、「計画」しながら「運用」すること、「運用」のプロセス自体が「計画」となっていくことの重要さにつながっていく。
感性の計算──世界を計算的に眺める眼差し<木内俊克氏>|Archi Future Web
あまり意味がないけれど線が揃っていたり、共通性を持ったアイテム、きっかけを仕込むことで、人間がその都度意味を発生させる
(...)
シンプルな共通性とズレのセットを沢山つくり、そこに勝手に場が生成される
第3回:感性の計算──世界を計算的に眺める眼差し|テンプラスワン・ウェブサイト
あえてポスト・ヒューマンをそれ以前のヒューマンと区別するなら、それはヒューマンに起きた変化についてではなく(そんなものは存在せず)、むしろ技術媒体の精緻な分析と、分析にもとづく予測ないし現実に生起しているリアリティーの描出をとおして、人間が本来的にもつハイブリッド性について明確な意識をもつようになった状態をさすのだろう。そしてその意識を先鋭化することは、いままでの連載でも議論してきている、現代の公共性が所在するところの断続的ネットワークを乗りこなす強力なツールのひとつとなるように思える。
ハロー・ワールド ポスト・ヒューマン時代に向けて<木内俊克氏> |Archi Future Web
3次元の形を複雑な治具や仮設資材を浪費してつくるのではなく、あくまで2次元で経済的に組み立てたものを、吊ったり膨らませたりすることで生まれる形を、そのまま建築の最終形に生かしていく
第7回:自然の系譜[後編] | 新建築オンライン
私たちはどう自覚していようともサイボーグであり続けるし、その系の中で入出力をかけ続けていくしかない。しかし、リッドが指し示すように、私たちは常に間違え続けてきたし、逆に間違えることができ、急速に、完全に、不可避的に進行する変化について自覚的であることもできる。
サイバネティクス全史―人類は思考するマシンに何を夢見たのか<木内俊克氏>|Archi Future Web
身体はやはり圧倒的に多様な情報を検知するセンサーで、同時に意識的にも無意識的にも検知された情報は即座に伝達され複数の身体で共有されるのであり、しかし情報が入ってくる度に個々の身体では個々の新たな情報が再生産されてもいて、そうして共感覚と誤解がないまぜになった個であり群である身体の融け出し/癒着/分裂は日常で同時多発的に起こっている。
身体の融け出し/癒着/分裂 ―チェルフィッチュとヤン・ゲールについて<木内俊克氏>|Archi Future Web
読み取られる場での「情報」たりうる誰かにとってしか重要でないような肌理を幾重にも重ねてみるようなこと、誰かのイメージにアクセスするという意味では必ずしも場を変える必要すらないかもしれない
公共空間と情報の所在について<木内俊克氏>|Archi Future Web
複雑さを一旦キャンセルして別のものに置き換えるのではなく、複雑さをそのまま取り扱い可能な情報に置き換え、その系の中に入り込み、内側から制御や変化を与えていくアプローチ
最終回:複雑さ/動き/自然の系譜 そして現在[後編] | 新建築オンライン
都市に存在する多くのものや流通している情報は、受け手にとって実にちょっとした情報の補足によりその意味合いを大きく変えうるということ
MIT Center for Civic Mediaを通して考えたこと<木内俊克氏>|Archi Future Web
いわゆる建築や都市の設計やプランニングでは、形式知化さえできていないものの、あいまいさの中で主観的に立ち上がる日常空間の様を、建築や都市を経験する一人ひとりの目線まで下りていき、想像力を働かせることで何とかつかもうとする。テキストデータはその作業に、より冗長性や拡張性のある意味の奥行きを与える資源になるはずであり、計算を介してそのテキストデータにアクセスすることは、その奥行きの細やかな機微をそのまますくいあげる道筋に なりえる。
都市資源としてのテキスト データ<木内俊克氏>|Archi Future Web
何時にどこに行くかさえ決まっていれば、その過程をどう選んで一日を過ごすかは、かなりの部分、その場その場の検索によってどうにでも構成できるようになった。おおまかな軸のまわりにいくつもの可能な選択肢がぶらさがり、折り重なった日常のイメージが形成される。概念の定義でさえも、検索はそれを複数の別々に書かれ編まれた情報の、境界のぼやけた集合体として認知するようなものの捉え方をデフォルト化してきた。
ミラーワールドと石ころ <木内俊克氏>|Archi Future Web

//ビデオ・アーカイブです。
//@kcua.ac.jpのアカウントのみで視聴可能です。

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//聴講生によるコメントのアーカイブです。

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