Kyoto City University of Arts

Advanced Design Studies

PoolRiver

プールリバー


#1

西澤徹夫

/チューニング/アーカイヴ/レイアウト/コレクティブ/

//開催日時:

2018/4/19(木)

13:00-14:30

//開催場所:

中央棟3階 L1講義室

//備考:

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//略歴:

西澤徹夫
建築家。株式会社西澤徹夫建築事務所主宰。作品=《東京国立近代美術館所蔵品ギャラリーリニューアル》(2012)、「映画をめぐる美術──マルセル・ブロータースから始める」展会場構成(2014)、《西宮の場合》(2016)、「京都市美術館再整備工事基本設計・実施設計監修」(共同設計=青木淳建築計画事務所)、「八戸市新美術館設計案」(共同設計=浅子佳英)ほか。


//以下、ご登壇いただく 西澤徹夫さんに関連するテキストの引用です。
//聴講する学生さんは事前に読んで予習をお願いいたします。

アーカイブにはそもそも全体というものがありません。終わりがないものです。そしてそれが収納されるテーブルとしての『レイアウト』は、有限な構成要素間の差異を援用しながら全体の仕組みや骨格や調和をつくり出す『コンポジション』とは似て非なるものです。厳密に分節された全体(コンポジション)と、そもそも全体というものが宙吊りにされた暫定的な全体(レイアウト)では、通時的な可塑性や柔軟性が異なるのだと思います。いつか書き込まれるかもしれない余白を措定しつつ、都度チューニングを積み重ねることを許容するレイアウト、あるいはアーカイブ的な世界の捉え方から、建築や都市を計画することの可能性について考えています。(西澤)
10+1 website|〈展示空間〉──チューニング、アーカイブ、レイアウト|テンプラスワン・ウェブサイト
言ってしまえば何でもラーニングになってしまう怖さはあるわけですが(笑)、ラーニングを通して美術館でやるべきことは何かを探っていく。そこに鉱脈を掘り当てていくような面白さがあると思いますし、そのプロセスはドキュメントとして開示すること、すなわち設計行為そのものがラーニングを軸としたアートプロジェクトになりえるのではないでしょうか。(西澤)
10+1 website|八戸市新美術館のプロポーザル──相互に学び合う「ラーニング」構想|テンプラスワン・ウェブサイト
新築の時にはトータルなヴィジュアルコントロールを徹底することである種の全体性をつくりだすことができるわけだけれども、後乗りでそれをするにはかなり引いた視線で、つまり批判的操作で対処するのが、まあ一般的な気がする。曰く、新しいものと古いものが共存するだの、どちらが地で図か分からなくするだの、と。しかしそれにはある程度の改変の規模が必要で、表現として成立するだけの変化の量が必要になってくる。圧倒的に改変量がすくないことが何か意味のあることになりうるとしたら、それは、改変部分が引き伸ばされることによって、何かとてもニュートラルなことが起こることにあるような気がする。(西澤)
http://www.21styles.jp/bbs/tezzon/index.html
タモリの4カ国親善麻雀というネタがあります。これの面白いところは、デタラメだと分かっているのにそれらしく聞こえる(西澤)
« mtrlzng I » | Tezzo NISHIZAWA | 西澤徹夫 | マテリアライジング展 - 情報と物質とそのあいだ
単に『視覚化された情報』である、というには惜しいその感触が、感触と言うからにはなにかしらのmatter(物質)感が、計測と分析と演算の精度が上がってやがてなめらかになっていったとき、再び、しかし以前とは違うかたちで、マテリアリティを取り戻していくかもしれません。 (西澤)
« mtrlzng II » | 西澤徹夫/西澤徹夫建築事務所 | マテリアライジング展 - 情報と物質とそのあいだ
『ヴィデオを待ちながら』展の場合は、最初に話したように近代美術館という場所が持っている条件をすごく意識して会場構成をしています。もともとのコンセプトとして、すごく開けた空間でやる、というのがまずあったように記憶していて、個々の映像作品は、専用の閉じられた部屋を作るようにアーティストに指示されたもの以外は、ほぼ囲い込まずに展示しました。また、囲われたボックス状のスペースを作るにしても、なるべくそれを建物の構造壁から離して作る。いわば、大きなボックスのなかに、小さなボックスがいくつか浮かんでいるようなイメージです。で、普通に考えるとボックスとボックスのあいだは展示空間ではなくなるのだけれど、そこにも作品を置く。ボックスの中と外いずれもが展示空間として反転しあう感じですね。このコンセプトは、共同で企画した同僚の蔵屋美香や、展示構成を担当してくれた建築家の西澤徹夫さんのアイディアです。ちなみに西澤さんは『映画をめぐる美術』展の会場構成も担当しています。(三輪)
表象文化論学会ニューズレター〈REPRE〉:小特集:インタビュー:ポスト・ミュージアム時代の近代美術館
先日、今回の会場構成をしてくださった建築家の西澤徹夫さんとこんな話をしました。たとえば元の台本に『ここで前へ進む』とだけあったとき、今回の試みはそこに『3歩』と具体的な数字を書き入れてしまうような一面があるかもしれません。でもそれは必ずしも解釈の幅を狭めることではないのでは? と。数十年後に『再演』を試みる人は、今度は『3歩』をもとに、またはその『3歩』があるからこそ、『5歩』とすることも可能になる。だから少なくとも、それが今回加えられた記録だとはっきりしていれば、新たな解釈も含めてポジティブに考えてもいいかもしれません。(三輪)
そこでなにが起きていた? 幻の「映像展」が43年の時を経て再演 | CINRA

//ビデオ・アーカイブです。
//@kcua.ac.jpのアカウントのみで視聴可能です。

〜〜準備中〜〜


//聴講生によるコメントのアーカイブです。

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